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YEFゴスペル部

YEFゴスペル部の第1回目が開催されました

Jan 20, 2017 05:24 PM JST

2017年1月から新たに始まったYEFサークル活動の一つ、ゴスペル部が、1月18日の夜に始動しました。『Oh Happy Day』をみんなで歌いました!

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恵みの分かち合い・日付:11月23日月曜日

Nov 23, 2015 07:51 PM JST

サウルが、イスラエルの第一番目の王として選ばれる場面です。サウルという名を聞くだけで、彼は神様の命令に不従順したみじめな王であるというイメージがありますが、最初、サウルが王として選ばれたとき、サウルは、自分のことを他の人よりも低く思うことができたとても謙遜な人でした。ここで注目したい部分は、サウルが、本来、王としてはふさわしくない・・・物足りない・・・人でしたが、「聖霊」をいただくことによって、まったく新しい人に変化したという部分です。やはり、普通の人のような考え方、普通の人が持ちうる感情、普通のような人が生きる生き方では、尊い神様の民を率いることはできません。だからこそ、聖霊を切なく願い求め、すべてが一新されなければなりません。

恵みの分かち合い【日付】 2015.11.23(月)

Nov 23, 2015 07:48 PM JST

僕がある異端教会で学んでいた頃、特に違和感を覚えたのは「救いはすべての人にあるべきではないか」という事でした。彼らは僕が救いに近づくためにさまざまな機会を用意していました。彼らが勧めるアニメ教材の視聴には「お菓子代」としてお金を払うべきでした。また運命を変えるとして勧められた姓名判断や印鑑にも高額なお金を要求されましたし、不治の病が治るとして勧められた薬(高麗人参)にも高額なお金を要求されました。ただ、これらは強制ではありませんでしたので、僕はことごとく彼らの勧めを断りました(笑)ただそれは僕が貧しい家に育ち、物理的にそんなお金を持っていなかったからで、もしお金に困っていない立場であったらどうなっていたかと思うと今でもゾッとします。ところで、その中で先述の疑問がいつも胸にありました。

恵みの分かち合い【日付】 2015/11/23

Nov 23, 2015 07:47 PM JST

旧約聖書、特に預言者の時代の箇所を読むたびに、イスラエルの民がどれほど神の御心に背き、神以外のものに心を奪われ、それがどれほど神の怒りを招いたかを知るようになります。神はそんなイスラエルの民への裁きとして、幾度となく彼らが周辺の国々の支配下に置かれることを許されました。罪に対する神の憤りと裁きの記事は、いつも僕の心を暗くしました。神様は自分に対しても、徹底的な厳しさをもって接せられる方なのだと。しかし、今日の朝黙想したエレミヤ50章19-20節を見ると、「その日には、イスラエルにもユダにも、罪は一つも見あたらなくなる。わたしは残った者たちを赦すから」とありました。この箇所を見ながら、神の徹底した厳しさは、他ならぬイスラエルの民への愛に根差したものだった、と改めて感じるようになりました。

恵みの分かち合い【日付】 2015.11.20(金)

Nov 23, 2015 07:45 PM JST

現代はどういう時代だろうか。現代史を振り返ると、第二次世界大戦を終えた人類は、国家を守るために命をかけて戦った。その結果はひどいものだった。大切な家族を失い、故郷は火だるまと化し、心身ともに疲れ果た。後悔と絶望だけが残り、覇権主義や全体主義への救いの希望は完全に絶たれた。戦後新たに花咲いたのは共産主義であるが、これは指導者階級の腐敗と粛清と分裂とによりはかなき夢は破れ去った。また、西欧諸国が主導したのは個人主義である。しかし、これもいわゆる勝ち組と負け組との格差を広げ、コミュニティを破壊してしまい、人の精神や社会の秩序を狂わせてしまった。日本では宗教(救い)の名の下に大量殺人が行われ、今日の無差別テロのきっかけを生んでしまった。一体これは何だろう。

恵みの分かち合い【日付】 2015.11.19(木)

Nov 23, 2015 07:44 PM JST

ローマ書3章19-20節は、ローマ書1~3章で語られる人間の罪についてのパウロの結論である。彼曰く、律法は人を救うことはできない。現代向けに換言すれば、法律や道徳には人を救う力はないということ。この事をもっとも肌で感じているのは、僕たち日本人かも知れない。日本は世界有数の道徳大国であり、世界に冠たる治安水準を誇る法治国家である。こんな日本に憧れる発展途上の国々は少なくないらしい。ところが、この国の人々の実情を見てほしい。その目は暗く、心は窮屈で、口からはため息や悪口があふれ出る。

恵みの分かち合い【日付】 2015.11.18(水)

Nov 23, 2015 07:43 PM JST

「義人なし。一人だになし」という言葉について今日は黙想しました。この3章では信仰者も未信者も、どちらがより罪深いかというのはなく、罪びとであることに関しては全く同じであると書かれています。未信者に対して偏見を持たないように注意したいですし、信者に対して憧れをもたないように注意したいと思いました。また、逆も然り。信者に対して偏見をもたず、未信者に対して憧れをもたないように注意したいです。神様の目からみれば、人間はみな五十歩百歩ということを学びました。

恵みの分かち合い【日付】 2015.11.17(火)

Nov 23, 2015 07:41 PM JST

これらの問いは、いずれも信仰者がいつかは直面する悩みだと思う。僕らはしばしば神を誤解する。誤解するからこういう質問が出てくる。第一に、選民であるユダヤ人を神が特別に愛したように、今日のクリスチャンを神は特別に愛していると僕は信じる。その証拠に、神は御言葉を僕らにくださるからだ。聖書は、神から僕らへのギフトでありラブレターである。神がクリスチャンを憎んでいるならば、神は御言葉を与えずに僕らが滅びゆくにまかせるだろう。第二に、神は真実であるから、「わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と、モーセやヨシュアら信仰の先祖に仰った主の約束は、今もなおこれからも変わらないと信じている。変わってしまうのはいつも人間であるというのは、聖書の歴史をみても、現実社会をみても、弁解の余地はない。第三に、これは高慢な考えだと思う。放蕩息子のおかげで親心が現れるから、親は息子に感謝すべきだと、放蕩息子自身が主張するのに似ている。第四に、神は審判者である。神が世のはじめに決めた摂理(ルール)の中でしか人は生きられない。

一日一言(2015年11月23日)

Nov 23, 2015 12:36 AM JST

「聖書は学者の書であり、無学者の書であり、万人によって万人に学ばれるべく、万人によって解されるところの人類の書なのである。われわれが謙虚になって聖書をひもといて見れば、それ(知識)は最も基本的な形において聖書に示されておる。これを今日の社会情勢と、人間の知識の進歩と、世界の複雑性に照らし合わせて応用すればよいだけです。根本は聖書に示されている通りであります。」

一日一言(2015年11月22日)

Nov 23, 2015 12:34 AM JST

「私が自分の存在を疑わないのと同様に、あの書の真理も疑わない。」

一日一言(2015年11月21日)

Nov 23, 2015 12:32 AM JST

「バイブル・スタディーは、キリスト者をつくり上げる地金である。」"Bible study is the metal that makes a Christian."

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YEF JAPANは、早稲田を中心に活動している超教派のキリスト教学生コミュニティーです。キリスト教精神を土台に、聖書の学びやフェローシップを行なっています。

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