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一日一言(2015年11月17日)

Nov 20, 2015 06:28 AM JST

「体験の上に置いた信仰は、歯痛や消化不良、失敗、事故、悲惨なことなどで揺るがされますが、全能なる神様と主イエス・キリストの十字架に置いた信仰は少しも揺るがされることなく、安全です。」

一日一言(2015年11月16日)

Nov 18, 2015 02:42 AM JST

私たちは時々、アメリカの森林の中で、滅びつつある異教の人々のために、神の御前にそのたましいのすべてを注ぎ出して祈ったブレーナードのこと、彼らが救われるのでなければどうしても喜ぶことができなかったブレーナードのことを考えてみようではありませんか。祈りー隠れた熱心な信じて祈る祈りこそが、すべての人の敬虔さの根底に横たわっているものなのです。遣わされた地方の言葉に関する十分な知識と、穏やかな人好きのする気質、隠れた信仰生活において神に全く明け渡された心、これらのものこそが、すべての知識すべての他の賜物にまさって、私たち宣教師を、人類を贖う偉大なみわざのための器とするにふさわしい資質なのです。

一日一言(2015年11月15日)

Nov 18, 2015 02:41 AM JST

黙想なしに読むことは、実を結ばない。読むことなしの黙想は、間違いに陥りやすい。黙想なしの祈りは、なまぬるい。

一日一言(2015年11月14日)

Nov 14, 2015 11:34 PM JST

「従順なクリスチャンは、その心を通してキリストが考え、その生活を通してキリストがご自身を現わし、その口を通してキリストが語り、その手を通してキリストが他の人を助ける。」

一日一言(2015年11月13日)

Nov 13, 2015 01:51 PM JST

夢と現実、情熱と実践は、一つにならなければ事が実現しないのである。夢がなければ、運動はその方向と活気を失う。しかし、勤勉と、物事を実践する働きがなければ、夢は跡形もなく消え失せるのである。

一日一言(2015年11月12日)

Nov 12, 2015 08:51 PM JST

あなたには 傷の痕はないのか 足 脇 手にも 隠れた傷の痕はないのか 私は聞いた 世の人があなたの力をほめるのを 私は聞いた 上る明けの明星があなたをたたえるのを しかし  どうしてあなたには傷の痕がないのか あなたには痛む傷がないのか 私は天より離れ 傷ついて 死ぬために木の上にかけられた 獰猛なおおかみが囲んで 私を裂き 衰えさせた しか どうしてあなたには傷がないのか 傷もなく 傷の痕もないのか しもべは主人のようになれば十分なのに 私の後に従う者は足を刺されるはずなのに あなたは健やかで 傷もない 傷も傷の痕もない者が どうして私に従えよう

一日一言(2015年11月11日)

Nov 12, 2015 08:49 PM JST

私はもしできるなら 私の行く道を選びたくはないのです 正しい歩みができるように 神よ 私に代わって選んでください 求めているのは あなたの御国です そこまでの道を 私の歩んで行く道としてください そうでなければ 私は迷ってしまいます私の杯を満たしてください 喜びをもって また悲しみをもって ただ あなたの良いと思われるように 私の益も 損も 選んでください 私が選ぶのではなく あなたが選ぶのです 小さなことも 大きなことも あなたが私の導きとなり 力となり 私の知恵 私のすべてとなってください

一日一言(2015年11月10日)

Nov 12, 2015 08:46 PM JST

女性は、男性の内にあるもっとも深遠なものを呼び出す。それは、心、親切、感受性だ。こうして男性はより優しく、より思いやり深く、より深い洞察をもち、自分自身をほかの人に開くようになる。ちょうど、男性が女性の内にあるもっとも美しいもの、女性的なものを目覚めさせるように、女性が男性の良さを目覚めさせるのである。男性と女性はお互いにとって鏡である。両者の違いが、お互いのありのままの姿を映し出すのだ。

一日一言(2015年11月9日)

Nov 07, 2015 09:35 PM JST

私は、信仰には二種類あると理解するようになりました。もしも、と言う人と、それでも、と言う人がいるのです。 一人は「もしもすべてがうまくいったら、もしも私の人生が豊かだったら、もしも私が幸福なら、愛する人が誰も死ななければ、私が成功するなら、神を信じ、祈りをささげ、教会へ行き、できるだけのものをささげよう」。しかし、もう一人はこう言います。悪の原理が栄えても、ゲッセマネで血の汗を流しても、カルバリで自分の杯を飲まなければならなくても、それでも、まさにその時、私は私を造られた主に信頼しよう、と。だからヨブは「神が私を殺しても、私は神を待ち望もう」と叫んだのです。

一日一言(2015年11月8日)

Nov 07, 2015 09:33 PM JST

神は決して私たちに大きなことを望んでおられるのではなく、私たちがすべての時の瞬間瞬間において、わずかでも神をおぼえ、神をあがめ、神の恵みを求めて祈り、私たちの苦しみを打ち明けて語り、神がすでに与えてくださった恵みや、今、試みの中に与えてくださっている恵みをおぼえて感謝するのが大切なことだと思います。...時としては仕事の途中であるかもしれません。また人と会話しているような時にも、あなたの心を神にだけ向けてください。ほんのわずかな時間でも、あなたが神をあがめることを、神は喜び受け入れてくださるのです。特に大きな声で叫ぶ必要はありません。神は私たちが考えるよりもずっと私たちの近くにいらっしゃるのです。

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YEF JAPANは、早稲田を中心に活動している超教派のキリスト教学生コミュニティーです。キリスト教精神を土台に、聖書の学びやフェローシップを行なっています。

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